子供への接し方

指導される側からする側へ

なぜか、音楽家など音楽で舞台に立つお仕事をされているクライアントさんが私の周りにはとても多いんです。昨日先生として楽器を教えてらっしゃるクライアントさんが、教える側になり今まで師事してきた先生たちの厳しさの意味が分かり始めたとおっしゃっていました。その方の師匠の先生は相当厳しかったらしくレッスンが終わるたび毎回レッスン場を出た瞬間に号泣していたそうです。しかし、今自分自身が先生として数多くの生徒さんたちに教える立場になり、叱るという行為は相当なエネルギーを使う。師匠が私にかなり厳しくしてくださったのは、その当時の私の将来になんらかの光が見えたからではないだろうか。とおっしゃってらっしゃいました。現にその後の活躍ぶりは海外のオーケストラと共演するほどの実力者になられてます。

「教わる立場」から「教える立場」に変わり、教わる立場にいた時はおそらく見えていなかったであろう教える側の視点で生徒さんをみる様になり、その当時の先生のことを思い出しながら指導にあたられてるんだと思います。これはよく子供ができて親になり、やっと昔の親の気持ちや言っていた事がわかったと言う事にも似ているかもしれません。親御さんからお子さんを預かり指導する場合と、身近な存在の家族として教育していく場合とでは違うところも多々あるでしょうが、どちらにしても同じ立場になった時に見えてくるものと言う物が多々あると思います。

叱るという行為

叱る事にエネルギーを使う先生は、生徒さんのためにどう言う風に言えば一番伝わるか、ここまでキツくしてもいいけどこれ以上きつくするとダメになってしまうからなど、個々の生徒さんの性格や技術レベルなどを見極めながら指導していると思いますが、親子と言う立場で叱る時には叱ると言うよりも自分の感情をぶつける様に怒鳴り散らしている方もよく目にします。その様に感情に任せ叱る目的自体を叱る側が把握していなければ、叱られている側もおそらく同じことを何度も繰り返していくでしょう。そして、また同じことに感情的に何度言ったらわかるんだと同じ発言を繰り返す。本当に子供に成長してもらいたいと思い、何度言っても聞かないと言う時は何か自分の取っている叱り方が間違っているかもしれないと一度自分自身の取っている行動や発言にも意識を向けてみられたら良いのではないかなと思います。

教え方が変わると

音楽やスポーツなど教える先生を変えた瞬間に才能がどんどん開花し始めると言う事は当たり前の様に起こります。教える事が上手な人はその分野の技術レベルだけでなく教えると言う技術も高い。子供には無限の可能性があります。私が望むのはせめて自分のその時その時の気分で感情的に怒りたい気持ちを一度ぐっと堪えて、子供が成長するためには何をどの様に伝えたらいいのかと考えることのできる親が増えてくれる事です。世の中には子供のいない人間に何がわかるのかとおっしゃる方もいらっしゃいますが、様々なご家庭をみていくとやはりこの親あってこの子供だなと親子で大変似たような性質や雰囲気を醸し出す様になります。おそらく、子供の事をしっかり理解しようとして対応していくと、そのお子さんも大人になった時に同じ様に自分の子供を理解してあげようと思う様になるでしょう。あなたは小さな頃親にどの様に接してもらいたかったですか。そこに教育やアドバイスする上でのヒントが隠されていると思います。

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